ストランディング鯨類の調査と研究

イルカやクジラは、大海原を泳ぎ回り体も大きいため観察や捕獲が困難です。またいくら研究のためとは言え、大型で社会性の高い動物を殺傷することに倫理的な問題があります。そのため鯨類の体を詳しく調べる上では、ストランディング鯨類は重要な研究材料になっています。具体的には以下のような研究分野があり、世界各地で調査と研究が進められています。

FSNではそのような鯨類の研究者や研究機関向けに研究用試料の採取と提供を行っています。当団体は学術機関ではありませんが、学術活動の発展のため、なるべく多くストランディング鯨類の調査に貢献したいと考えています。死んでしまった鯨を「臭いから」「汚いから」「不衛生だから」と、ただ埋めたり燃やしてしまったりするのではなく、そこから少しでも多く、鯨や環境問題を理解する手がかりが得られたらと願っています。

分類学

生き物同士の共通点や違いを見出して、種を決めることを分類学と言います。1種とされているものの中から違うものを別種に分けたり、よく似た別種とされているものを同種にまとめること含みます。日本近海では「ツノシマクジラ」や「クロツチクジラ」がそれぞれ2003年、2019年に新種として報告されました。この発見はどちらもストランディング鯨類の調査に端を発するものです。
ツノシマクジラ~日本で発見された新種のヒゲクジラ~
新種のクジラ「クロツチクジラ」を発表
さまざまな生き物を種という単位でまとめていくことで、複雑な自然の生き物の営みを人間が理解できるようになります。

解剖学・形態学

生き物の体の構造を調べる学問が解剖学や形態学と呼ばれる分野です。外見だけでなく骨の形、血管や神経の走行、筋肉のつき方、細胞や染色体の構造なども調べます。生き物の構造を調べることで、その生き物の進化の軌跡を推測したり、特徴的な能力をどうやって発現しているのか、独特な生態をなぜ持っているのかを考察することができます。「生き物を知る」ための最も基礎的な研究と言えるでしょう。

病理学

その動物がどのような病気にかかるのか、その時の症状はどのようなものかを明らかにしていく学問です。家畜や人の医療分野としても重要な学問です。また希少動物の保護や救護にはこうした知見の蓄積が絶対に必要になってきます。顕微鏡で細胞レベルの観察をしたり血液検査を行ったりするため、腐敗が進んだ死骸では実施が困難です。
しかし新鮮な鯨の死体を調べることで、鯨類も減圧症にかかることや、人にも感染する可能性のある細菌を保有していることなどがわかったりしています。

食性解析

鯨類の胃の中を調べることで、死亡する直前に何を食べていたのかが分かります。魚やイカが未消化のまま丸ごと出てくることもあれば、消化されて骨や肉片の一部だけだったりすることもあります。魚類の場合は耳石、イカやタコは顎板というクチバシの部分で元の種を特定したり大きさを推定することができます。
また近年では鯨類の筋肉中に含まれる炭素や窒素の安定同位体比を調べることで、その鯨類の食物網における立ち位置(栄養段階)を
推定する研究もおこなわれています。

寄生虫調査

鯨類には体の内外に寄生虫がつきます。多くの寄生虫は宿主である鯨類とうまく共存し、鯨類の健康を損ねないように振る舞っていますが、中には鯨類に病気や異常行動を起こさせてしまうものもいます。どの鯨にどのような寄生虫が何個体ぐらい寄生するのかを調べたり、その寄生虫の生活史(生まれてから死ぬまでどこで何をしているのか)を調べることで、鯨類が生態系のなかでどのような生き物と関わりをもっているのかを明らかにしています。

環境汚染分析

人間が作り出す化学物質の中には野生動物に悪影響をもたらすものもあります。その中でも、分解されにくく脂肪に溶けやすい残留性有機汚染物質(POPs) は、動物の体内に生物濃縮してしまいます。とりわけ鯨類は海の生態系の頂点であり、また厚い皮下脂肪をもつためこれらの汚染物質による影響にさらされています。鯨類が現在どのような物質をどのくらい貯め込んでいるのか、またそれが時間と共にどのように減少または増加していくのかを調べることで、我々が化学物質をどう利用していくべきであるのかを探る基本的な知見となります。
また化学物質だけでなく、海洋に流出するプラスチックごみの影響も甚大であり、人間による海洋汚染として現状の把握と対策が求められています。

標本展示・教育活動

博物館に行けば動物の剥製や骨格標本を目にすることができるでしょう。当然ですがこれらは本物、あるいは本物そっくりに作られたレプリカですが、いずれにしてもまず自然界から取ってくる必要があります。そして取ってきただけではただの生肉なので、皮をきれいになめしたり骨をきれいにクリーニングしたりといった前処理が必要です。こうしてできた「標本」を、元の姿の通りに整形したり組み上げたりして展示物に仕上ます。
FSNではこのような標本や展示物の作成、運搬、設置も請け負っています。富士市にある倉庫には国内最大規模の曝気晒骨槽があり、巨大な鯨の全身を骨格標本にすることができます。